財務・資本政策

【ずるい投資家に要注意】投資を受ける時に必ず見るべきポイントを解説します|
同じ「3億円で売却」でも社長の手取りは0円から2億4,000万円まで変わる──優先分配の条件別シミュレーションと、契約書の3条項

会社を3億円で売却しました。株式の8割を持っている社長の手取りは、ゼロ円です。冗談のようですが、投資契約書のたった一文で、本当に起こります。しかもこれは違法でも詐欺でもありません。すべて契約書どおりの結果なので、あとから裁判でひっくり返すことも、まず難しいのです。

本記事では動画の内容をもとに、出資を受けるときに必ず確認すべき点を整理します。とくに、同じ「3億円で売却」でも、契約書の条件しだいで社長の手取りが0円から2億4,000万円まで変わることを、条件別に計算して示します。数字で見ていただくのが、いちばん早いからです。そのうえで、必ず見るべき3条項、特に危険な2条項、そして社長個人に降りかかるリスクの順でお伝えします。

1. 「ずるい投資家」の正体──悪意ではなく、それが「標準条件」だから

最初に、誤解を解いておきます。厳しい契約書を持ってくる投資家の多くは、悪意で罠を仕掛けているわけではありません。投資家にとっては、それが「いつもの標準条件」なのです。ただ、その標準が、出資を受ける側には不利だというだけです。

問題は経験値の差にあります。投資家はこの契約を何十件とこなしてきたプロで、起業家はたいてい人生で初めてです。この差は気合いでは埋まりません。ですから、「騙してくる投資家に注意」ではなく「知らない自分に注意」と考えたほうが、実態に合っています。学べば防げる話だからです。

相場観をつかむ資料もあります。経済産業省が「スタートアップ投資契約ガイドライン(我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項)」を無料で公開しており、条項ごとの意味と留意点がまとまっています。平成30年に策定され、令和4年に改訂、令和7年9月には増補版が公表されました。交渉に入る前に目を通しておく価値があります。

参考:経済産業省「スタートアップ投資契約ガイドライン」

2. 投資を受けるとは「株を渡す」こと──条件は3枚の書面に分散している

出し手は大きく3種類です。他人から預かった資金でファンドを組成して投じるVC(ベンチャーキャピタル)、事業会社が運営するCVC、そして個人で出資するエンジェル投資家です。いずれの場合も、押さえるべき本質は同じです。投資は「もらうお金」ではなく、「会社の一部である株式との交換」です。返さなくてよい代わりに、会社の持ち分を渡しています。

しかも投資家が受け取るのは、多くの場合、普通株式ではなく優先株式です。会社法は、剰余金の配当や残余財産の分配などについて内容の異なる2以上の種類の株式を発行できると定めており(会社法108条1項1号・2号)、これが優先株式の根拠になります。たとえるなら、非常口にいちばん近いVIP席つきの株です。会社の売却や清算という「非常時」に、真っ先に資金を回収できる席だとお考えください。

そして、そのVIP席の中身は1枚の書面には書かれていません。①投資契約書、②株主間契約書、③株式の内容を定める発行要項の3点セットに分散しています。やっかいなのは、地雷もこの3枚に分かれて埋まっていることです。1枚だけ読んで「大丈夫そうだ」と安心するのが、いちばん危ない読み方になります。3枚を横断で読むことが大前提です。

参考:e-Gov法令検索「会社法」(108条・127条・156条・160条・309条・461条)

3. 同じ「3億円で売却」でも、社長の手取りはこれだけ変わる

ここが本題です。設例を固定します。VCが2億円を出資して株式の20%を取得し、数年後に会社を3億円で売却した。社長は残りの80%を保有している。このとき、社長の手取りはいくらになるでしょうか。

普通に計算すれば、3億円×80%=2億4,000万円のはずです。ところが実際の手取りは、契約書に書かれた「残余財産の優先分配」の条件によって、次のように変わります。優先分配は、会社の売却も清算とみなしてこの優先順位を働かせる「みなし清算条項」とセットで入ってくるのが通例です。

売却額はどれも同じ3億円です。変わっているのは契約書の文言だけで、それだけで手取りが2億4,000万円も動きます。ここが、投資契約書を「読める」ことの価値そのものです。

POINT:見る場所は「倍率」と「参加型か否か」の2つだけ

優先分配の条項で確認すべきは2点です。1つは何倍か。日本の実務では1倍が基本で、2倍・3倍とあれば明確に投資家有利の設計です。もう1つは参加型か非参加型か。非参加型は優先分配か持株比率での分配かのどちらか一方、参加型は優先分配を先に取ったうえで残額の分配にも加わります。参加型自体は日本の実務でも珍しくありませんが、上の計算のとおり手取りは確実に変わります。分かってサインするのと、知らずにサインするのとでは大違いです。

4. 契約書で必ず見るべき3条項

(1) 残余財産の優先分配(みなし清算条項)

いま見たとおりです。倍率と、参加型・非参加型。この2つを確認するだけで、エグジット時の手取りの見通しが立ちます。逆に言えば、ここを確認しないままサインすると、何年も働いた結果がゼロ円になり得ます。

(2) 先買権・共同売却権

創業者が自分の株式を売ろうとしたときに、投資家が優先的に買い取れる権利(先買権)や、「自分の株も一緒に売れ」と要求できる権利(共同売却権)です。株主は本来、その有する株式を自由に譲渡できるのが原則ですが(会社法127条)、契約でこれを制限しているわけです。

問題は、多くの契約が創業者側だけを縛る「片面」の設計になっていることです。投資家は自由に売れるのに、創業者は売れない。つまり自分の株なのに、自分の一存では現金化できなくなります。相互に適用される設計になっているか、確認してください。

(3) 希薄化防止条項

次の資金調達を前回より安い株価で行わざるを得なくなったとき(ダウンラウンド)に、既存投資家の持ち分が薄まらないよう守る仕組みです。ここで、覚えて帰っていただきたい単語が1つあります。「フルラチェット」。契約書でこの言葉を見たら赤信号です。過去の投資家が最初から安い株価で買ったことにされて株数が増え、そのぶん創業者の持ち分が一気に削られます。

標準形は「加重平均」です。調達額や発行株数を加味して調整するため、影響はずっと穏やかになります。全部を覚える必要はありません。フルラチェットは赤信号、加重平均は青信号。この信号だけ持ち帰ってください。

5. 特に危険な2条項──「会社ごと売られる」と「株をタダ同然で失う」

(1) ドラッグアロング(強制売却権)

一定の条件がそろうと、「全株主まとめて、同じ条件で会社を売る」ことを、反対する株主にも強制できる権利です。マンションの建て替え決議に似ていますが、投資契約が怖いのは、その「一定の条件」を契約で自由に設計できてしまう点にあります。発動条件が緩ければ、創業者が反対しても、望まないタイミングと価格で会社ごと売られます。

確認は3点です。①発動に必要な同意は誰の何%か(そこに創業者の同意は入っているか)、②最低売却価格の定めはあるか、③創業者の拒否権はあるか。この3つが緩い契約は、会社の「売却ボタン」を他人に渡しているのと同じです。

(2) 創業者が辞めるときの株式買取条項

リバースベスティング、コーラブル条項などと呼ばれます。創業者が途中で会社を辞めたときに、会社や投資家がその株式を買い取れるという条項です。「辞めた人が大株主のまま残るほうがおかしい」という感覚はもっともで、発想自体はフェアです。共同創業者が抜けたのに株だけ持ち続ければ、残ったメンバーはたまりません。

問題は中身で、危険な設計が2つあります。1つは価格です。買取価格が「取得したときの価格」に固定されていることがあります。創業時に10万円で引き受けた株が、10年育てて時価で数億円になっていても、買取は10万円。タダ同然です。もう1つは辞め方の区別がないことです。自分の意思で辞める場合と、不当に解任される場合とで扱いが同じなら、役員会で追い出したうえで株もタダ同然で回収できてしまいます。この条項が「乗っ取りの道具」に化けるのは、この2つが組み合わさったときです。

交渉の勘どころは、合言葉にすると「Good Leaver/Bad Leaver」です。病気や会社都合、円満な退任といった良い辞め方なら時価での買取や一部保有の継続を認め、横領や競業といった悪い辞め方なら安価での買取もやむなし、と区別する。この区別が契約に入っているかを見てください。

POINT:会社が買い取れないと、負担は個人に回ってくる

「会社が買い取るなら自分の懐は痛まない」と考えるのは早計です。会社が自己株式を取得する場合、株主に交付する金銭等の総額は分配可能額を超えてはならないという財源規制がかかります(会社法461条1項2号・3号)。また、特定の株主から取得するには、原則として株主総会の特別決議が必要です(会社法156条1項、160条1項、309条2項2号)。会社に買取余力がなければ、買取りの負担は結局、投資家や経営株主個人の側に回ってきます。誰が義務者になっているのかを、契約で必ず確認してください。

6. 社長「個人」に来るリスク──表明保証と買戻条項のコンボ

ここまでは会社の話でした。最後は、社長個人に降りかかる、いちばん怖い話です。キーワードは「表明保証」と「買戻条項」の組み合わせです。

表明保証とは、「当社の財務も法務も、お伝えしたとおり正しいです」と契約書で誓うことです。会社の健康診断書に社長がサインするイメージだとお考えください。そして、この診断書に間違いがあった場合──たとえば社長も把握していなかった未払い残業代が後から見つかった場合──投資家は「話が違う。株を買い戻せ」と言えます。

ここが最も危ないポイントです。契約によっては、この買戻義務を負うのが会社ではなく「経営株主個人」、つまり社長本人になっています。そうなると、出資額に利息を加えた金額を社長のポケットマネーで支払うことになります。2億円を調達していれば、社長個人が2億円プラス利息です。個人破産級の負担だとご理解ください。

防ぎ方の順番は明確です。ベストは、そもそも個人を買戻しの義務者から外す交渉をすること。それが通らない場合の命綱が、次の3点セットです。

  1. 範囲の限定:保証する事項を、自分が把握・コントロールできる範囲に絞る
  2. 上限(キャップ):責任額に天井をつける。出資額を上限とするのが出発点です
  3. 「知る限り」の留保:知らなかったことにまで責任を負わない、という一言を入れる

そのうえで、大原則を1つ。投資契約書は、絶対に一人でサインしない。相手は何十件もこなしてきたプロで、こちらは初めてです。この差を埋められるのは、こちら側につく専門家だけです。数万円をケチって会社と人生を失っては、元も子もありません。

まとめ

  1. 投資を受けることは「株を渡す」こと。条件は投資契約書・株主間契約書・発行要項の3枚に分散しているので、1枚だけ読んで安心しないこと
  2. 同じ「3億円で売却」でも、社長の手取りは優先分配の条件で0円(2倍・参加型)、8,000万円(1倍・参加型)、1億円(1倍・非参加型)、2億4,000万円(優先分配なし)と変わる。見る場所は「倍率」と「参加型か否か」の2つ
  3. 赤信号ワードは4つ。「2倍・参加型」「フルラチェット」「条件の緩いドラッグアロング」「辞め方の区別がない買取条項」。希薄化防止は加重平均が標準形、退任時の買取はGood Leaver/Bad Leaverの区別が勘どころ
  4. 社長個人を守るのは「範囲の限定・上限(キャップ)・知る限りの留保」の3点。まずは個人を買戻義務の主体から外す交渉を。そして、投資契約書に一人でサインしないこと

投資契約の条件は、締結してしまえば動かせません。交渉できるのは、タームシートが出てからサインするまでの、ごく短い期間だけです。その短い期間に、3枚の書面を横断で読み、手取りをシミュレーションし、優先順位をつけて修正を求める。これを初めての経験でやり切るのは、現実的には困難です。顧問弁護士がいれば、資本政策の設計段階から、平時の相談の延長としてこの作業を進めておくことができます。出資の話が具体化する前の段階でご相談いただくのが、いちばん選択肢の多いタイミングです。

※本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。各条項の内容や有利不利は、個別の契約文言により異なります。記事中の金額は設例に基づく計算例であり、税負担等は考慮していません。情報は2026年9月時点のものです。

弁護士 越水遥
この記事の執筆者

弁護士法人越水法律事務所 代表弁護士。東京大学法学部卒業、西村あさひ法律事務所を経て現職。企業法務・労務問題を中心に中小企業・スタートアップの経営を法務面から支援し、YouTube「守りの経営ch」で経営者向けの法律知識を毎日配信している。

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