「退職代行お断り」と就業規則に書く会社が増えています。あれは本当に効果があるのか──。結論から言うと、「半分は有効、半分は無効」です。相手が民間業者か、労働組合か、弁護士かで、就業規則の効き目は180度変わります。ここを勘違いして一律に拒否すると、会社側が大火傷を負いかねません。
しかも今、退職代行業界は揺れています。大手退職代行の運営会社の社長らが弁護士法違反(非弁提携)で起訴され、2026年6月には、紹介を受けていた側の弁護士にも有罪判決が出ました。「弁護士監修だから安心」──その看板が必ずしも安心を意味しないことが、はっきりした形です。本記事では、就業規則で禁止できる相手とできない相手の境界線と、会社が取るべき正しい対抗策を、弁護士の視点で解説します。
就業規則の「退職代行禁止」はどこまで有効か
弁護士資格のない民間業者との「交渉」を断る目的なら、有効です。鍵は「代行」と「代理」の違い。民間業者ができるのは、本人の言葉をそのまま伝える「使者」の役割だけです。有給消化の交渉や未払い残業代の請求といった法律事務を、報酬を得て代わりに行う権限はありません(弁護士法72条)。
ですから「退職に関する連絡および交渉は、本人、または弁護士その他法令上正当な権限を有する者からのみ受け付ける」と就業規則に明記しておけば、業者の交渉要求を断る根拠になります。
ただし、2つ押さえてください。1つ目、禁止しても退職の意思表示そのものは止まりません。使者が伝えた退職の意思は、本人の意思である限り会社に届きます。止められるのは「交渉」であって「退職」ではないのです。2つ目、この規定は労働組合には効きません。ここが最大の落とし穴です。
弁護士からの退職代行は100%禁止できない
弁護士による退職代理を就業規則で禁止することは不可能(無効)です。国の決めた法律は、会社のルールである就業規則より必ず優先されます。労働基準法92条にも、就業規則は法令に反してはならないと明記されています。弁護士が行うのは弁護士法に基づく適法な「代理」ですから、就業規則では覆せません。
そもそも期間の定めのない雇用なら、民法627条1項により申入れから2週間で契約は終了します。退職は労働者の権利であって、会社の承認事項ではありません。「退職は1か月前までに」と定める会社は多いのですが、法的には2週間で効力が生じるという考え方が有力で、争っても勝ち目は薄いのが実情です。
最も危険なのは、弁護士からの通知を「就業規則で禁止しているから」と無視すること。給与や離職票を出さずに放置すれば、今度は会社側が違法性を問われます。
民間業者から連絡が来たら──企業の7割が判断を誤っている
民間業者の交渉に応じる必要はありません。ただ実態を見ると、多くの会社が判断を誤っています。東京商工リサーチの2026年4月の調査(6,425社対象)では、弁護士でも労働組合でもない業者から連絡が来たとき「非弁行為の可能性があるので取り合わない」と答えた企業は30.4%。残る約7割は、業者を間に挟んで手続きを進めるか(41.3%)、業者の連絡内容にそのまま従っています(28.2%)。実際に約3社に1社(30.4%)が、有給や退職日の交渉といった非弁行為に触れかねない通知を受けています。
なぜ危険か。報酬を得る目的で法律事務を扱えば弁護士法72条違反、2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金という刑事罰の対象だからです。実際、大手退職代行の運営会社の社長らが2026年2月に逮捕・起訴されました。利用者を提携先の弁護士に有償で紹介する「非弁提携」の事件で、報道によれば、紹介を受けていた弁護士の側にも同年6月、懲役1年6月・執行猶予3年の有罪判決(所属の弁護士法人に罰金150万円)が出ています。
POINT:「弁護士監修」の看板は適法の保証ではない
「弁護士監修」「提携弁護士あり」とうたう業者でも、その仕組み自体が非弁提携として刑事事件になった例があります。看板ではなく、連絡してきた主体が「本人・弁護士・適法な労働組合」のどれに当たるかで判断してください。
一番難しいのは「労働組合」を名乗る相手
適法な労働組合なら、団体交渉権は憲法28条と労働組合法で保障されており、就業規則では拒否できません。正当な理由なく拒めば、労働組合法7条2号の不当労働行為です。業者だと思って無視していたら実は本物の組合だった──これが一番怖いパターンです。
一方で東京弁護士会は、退職代行のために「労働組合」の形だけを使った、実態のない組合があると指摘しています。実態がなければ団体交渉はできません。しかも、労働委員会の資格審査を受けたとする組合にも実態を伴わないものがある、とまで述べています。証明書を見せられたから本物、とは限らないのです。
ですから、その場で結論を出さないでください。①組合規約、②本人が組合員である事実、③団体交渉の申入書──この3点を書面で求める。「確認のうえ改めて回答します」と保留すること自体は、直ちに不当労働行為にはなりません。そのうえで弁護士に相談する。これが最も安全です。
民間業者への対応はシンプルです。「交渉はご本人か弁護士と」と伝えて断る。ただし、退職手続きそのものを止めてはいけません。連絡を無視して無断欠勤扱いにし、懲戒解雇──これは会社が負ける典型です。交渉は断る、手続きは進める。この使い分けが正解です。
会社が今すぐ取るべき3つの防衛策
防衛策① 就業規則を「無資格業者だけ」を外す文言にアップデート
「退職代行禁止」と一言書くのではなく、「退職に関する連絡および交渉は、本人、または弁護士その他法令上正当な権限を有する者からのみ受け付ける」という形に。無資格業者だけをピンポイントで外す文言にしてください。
あわせて、絶対に入れてはいけない規定があります。「無断退職の場合は違約金○万円」「引き継ぎをせずに辞めたら損害賠償○万円」──これは労働基準法16条の賠償予定の禁止に正面から違反し、無効なうえ罰則まであります。良かれと思って入れた一文で、会社が加害者側に回ります。
防衛策② 弁護士経由の退職は法律どおりスムーズに処理する
弁護士名で通知が届いたら、それは本人の固い意思表示です。最後の給与、有給消化、離職票、源泉徴収票を粛々と処理する。これが結果的に一番安く、一番安全です。
「引き継ぎもせずに辞めるなんて損害賠償ものだ」というお気持ちは、よく分かります。ただ実務を正直に言うと、金額を先に決める違約金と違って現実損害の請求自体は禁止されていないものの、退職と損害の因果関係・損害額の立証は極めて困難です。認められるのはごく例外的で、多くは費用倒れ。むしろ賠償をちらつかせれば、それ自体が問題になります。
防衛策③ 「言い出せない職場」をなくす
そもそも代行を使われない職場をつくることが、最大の防衛策です。退職を申し出るとき、誰に、どう伝え、何日で終わるのか。この標準フローを明文化して周知するだけで、「言い出せないから代行」という動機はかなり減らせます。
まとめ
- 就業規則の「退職代行禁止」は、無資格の民間業者との「交渉」を断る限りで有効。ただし退職の意思表示そのものは止められず、労働組合・弁護士には効かない
- 弁護士からの通知は無視厳禁。民法627条1項により退職は申入れから2週間で成立し、放置すれば会社側が違法リスクを負う。労働組合を名乗る相手には、組合規約・組合員資格・団交申入書の3点を書面で確認してから対応する
- 防衛策は「無資格業者だけを外す就業規則の文言」「弁護士経由は粛々と処理」「退職申出の標準フロー整備」の3つ。違約金規定は労基法16条違反で逆効果
退職代行への対応は、初動を誤ると「会社が加害者」に転じかねない分野です。連絡が来てから慌てるのではなく、就業規則と対応フローを平時に整えておくことをおすすめします。
参考:東京商工リサーチ 「退職代行」からの連絡、企業の3割取り合わず/弁護士法(e-Gov法令検索)/労働基準法(e-Gov法令検索)/民法(e-Gov法令検索)/労働組合法(e-Gov法令検索)/東京弁護士会 退職代行サービスと弁護士法違反 その2
※本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。情報は2026年8月時点のものです。
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