労務・賃金

【最新】2026年も最低賃金引き上げへ
──中小企業が生き残る「1500円時代」の賃上げ設計

今まさに、2026年度の最低賃金引き上げ額を決める中央最低賃金審議会の議論が大詰めを迎えており、7月下旬にも「目安」が答申される見込みです。審議会では労使とも「引き上げが必要」という点で一致しています。

結論から言います。金額が決まってから、その場しのぎで時給だけを上げる会社は、人件費より先に「組織のバランス」が崩壊します。一方で、仕組みで先回りした会社は、賃上げをむしろ採用力に変えています。本記事では2026年最新の国の方針を踏まえて、最小限のコストと手間で会社と経営者の主導権を守る「賃上げ時代の防衛策」を、弁護士の視点から解説します。

2026年、最低賃金を巡る国の方針はどうなっているのか

仕組みはこうです。毎年夏に国の中央最低賃金審議会が引き上げ額の「目安」を答申し、それを受けて各都道府県の地方審議会が金額を決め、例年10月頃に発効します。

直近の実績を見てください。2025年度は、国の目安63円に対して、最終的な引き上げは全国加重平均66円と過去最大の上げ幅。全国平均は1,121円になり、ついに全都道府県で時給1,000円を超えました。

さらに昨年度は異例の事態が起きました。39の道府県が国の目安を上回る引き上げを決めたのです。「隣の県より低くしたくない」「全国最下位は避けたい」という、いわば見栄の張り合いです。その結果、大幅に上げた代わりに発効日を先送りする県が続出し、最も遅い県では発効が2026年3月末までずれ込みました。同じ国内で、発効日に約半年の差が生じたわけです。

これに対して国は、2026年6月23日に公表した論点整理で「イエローカード」を出しました。金額は生計費・賃金・企業の支払能力という法定3要素のデータに基づいて決めるべきで、近隣県との競争や最下位回避を動機とした引き上げは適切でない、と明記。発効日を引き上げ額の交渉材料にしてはならないと釘を刺したのです。つまり今年は「10月発効・データ基準」に揃える方向で議論が進んでいます。

そして中長期の方向性です。政府の「全国平均1,500円」目標は、2026年6月30日、達成時期を「遅くとも2030年代前半、できる限り早期に」とする方針が正式に決まりました。現在の1,121円から1,500円まで、残りおよそ380円。仮に2030年代前半の達成でも単純計算で年40円規模の引き上げが必要で、しかも直近2年の実績は51円、66円とそのペースを大きく上回っています。少なくとも年40〜60円規模の引き上げが数年続く前提で、経営計画を組む必要があります。

参考:厚生労働省 地域別最低賃金の全国一覧厚生労働省 最低賃金制度

賃上げが引き起こす社内の「3つのドミノ倒し」

ドミノ① ベテランとの賃金格差の圧縮

最低賃金スレスレの新人だけを上げると、10年働いたベテランとの差がほとんどなくなります。「私の10年は何だったのか」という不満が一気に噴き出します。

ドミノ② 求人時給の逆転

人を採るために求人だけ高い時給を出すと、既存スタッフより新人の方が高いという逆転現象が起き、これがバレた瞬間に組織の信頼は崩壊します。

しかも今年は追い打ちがあります。2026年10月1日から同一労働同一賃金のルールが改正され、パートタイマーを雇い入れるとき、「正社員との待遇差について説明を求める権利があります」と会社の側から書面で知らせることが義務になります。場当たりで時給を決めている会社は、この「説明」に耐えられません。説明できない賃金差は、これから制度的に炙り出されていきます。

参考:厚生労働省 同一労働同一賃金特集ページ

ドミノ③ 「年収の壁」による就業調整で人手不足に

一番厄介なのがこれです。今年の秋は、時給アップと法改正が、別々の角度から現場のシフトを削りに来ます。

まず金額の壁。昔よく言われた税金の「103万円の壁」は、税制改正で160万円まで上がり、ほぼ役目を終えました。いま残っているのは、配偶者の扶養に入れるかどうかの「130万円の壁」です。時給が上がるとこの130万円に早く達してしまうので、扶養内で働きたいパートタイマーは労働時間を減らします。

さらに時間の壁。2026年10月からの法改正で社会保険のいわゆる「106万円の壁」が撤廃され、従業員51人以上の会社では「週20時間」という時間のラインが事実上唯一の基準になります。すると「社会保険に入らないために、絶対に週19時間までしか働かない」という層が大量に出現します。今まで週24時間働いてくれていた人も、強制的に時間を削ってくる。

つまり、時給アップで130万円の壁にぶつかる層と、週20時間ルールで時間を削る層が同時に出てくる。「払うお金は増えたのに、現場からは人がごっそり消える」という最悪の事態です。だからこそ、シフト設計と業務の見直しをセットでやらなければなりません。

参考:厚生労働省 年収の壁への対応

経営者の主導権を守る「3つの事前準備」

① 感覚での対応を排除する「ルール設計」

「最低賃金プラス何円までを自社の初任時給とする」と、あらかじめ社内基準を決めておく。毎年秋に慌てて場当たりの金額を決めるから、不公平が生まれるのです。

② 「時給の階段」を作る

新人、独り立ち、リーダー、責任者と、役割ごとに時給レンジを設計して、頑張った人が確実に上に行ける階段を見せる。最低賃金の引き上げは、階段全体を底上げする形で反映します。こうすれば、ベテランの納得感を保ったまま賃上げできます。

③ 増えた人件費の「吸収策」──業務改善助成金を使い倒す

利益から削るのではなく、価格の見直しと業務フローの改善で吸収します。そしてここで絶対に使ってほしいのが業務改善助成金です。事業場内で一番低い時給を引き上げて、POSレジや機械など生産性の上がる設備投資をすると、国が助成してくれる制度です。

POINT:業務改善助成金は「最低賃金が上がる前」に申請する

細かいルールはたくさんありますが、絶対に間違えてはいけないのは「最低賃金が法律で上がる『前』に申請すること」。10月の発効日を過ぎて「法律で上がったから、ついでに助成金をもらおう」としても1円も出ませんし、交付決定の前に設備を買ってしまってもアウトです。どうせ賃上げが避けられないなら、国のお金で賢く生産性投資をしてください。

参考:厚生労働省 業務改善助成金

月給制の会社に潜む盲点と、8月からの防衛スケジュール

「うちは月給制だから最低賃金は関係ない」──それが最大の盲点です。月給制でも、月給を1ヶ月の平均所定労働時間で割った時給換算額が、最低賃金を上回っている必要があります。そしてこの比較では、通勤手当・家族手当・精皆勤手当・残業代・賞与は除外して計算します。

特に危険なのが固定残業代込みの月給です。「月給23万円だから余裕」と思っていても、固定残業代を除いた基本部分で割り算すると実は最低賃金割れ、という「隠れ最賃割れ」が本当に多いのです。

最低賃金割れを放置すると、差額は最大3年分さかのぼって請求され、さらに最低賃金法違反として50万円以下の罰金、労働基準監督署対応という末路が待っています。

そこで防衛スケジュールです。7月下旬の目安公表を見たら、8月に自社の対象者と影響額を試算。9月に雇用契約・賃金規程・求人票を見直し、10月の発効日に間に合わせる。この3ヶ月の段取りを毎年のルーティンにしてください。

参考:最低賃金法(e-Gov法令検索)

まとめ

  1. 2026年度も最低賃金は引き上げへ。「全国平均1,500円」目標のもと、年40〜60円規模の引き上げが数年続く前提で経営計画を組む
  2. 時給だけ上げると「格差圧縮・求人逆転・年収の壁の就業調整」の3つのドミノ倒しで組織が崩壊する。10月からは待遇差説明の書面通知義務と「週20時間の壁」にも要注意
  3. 守りは「最低賃金+◯円の社内ルール」「時給の階段」「業務改善助成金での吸収」の3点セット。月給制も時給換算でチェックし、7月目安→8月試算→9月規程見直し→10月発効のルーティンを回す

賃上げの波は止まりません。しかし、金額が決まってから慌てる会社と、仕組みで先回りする会社では、数年後の組織の姿がまったく変わります。この夏のうちに、自社の賃金設計を一度点検してみてください。

※本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の事案については弁護士・社会保険労務士等の専門家にご相談ください。最低賃金の金額・審議状況、業務改善助成金の要件・コース、社会保険適用や「年収の壁」に関する制度は今後変更される可能性があります。情報は2026年7月時点のものです。

弁護士 越水遥
この記事の執筆者

弁護士法人越水法律事務所 代表弁護士。東京大学法学部卒業、西村あさひ法律事務所を経て現職。企業法務・労務問題を中心に中小企業・スタートアップの経営を法務面から支援し、YouTube「守りの経営ch」で経営者向けの法律知識を毎日配信している。

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