労務・安全配慮

【時代遅れ】この指示をする社長、法令違反です!
──「台風でも出勤」「夏でもスーツ」が億単位の賠償になる理由

「台風の時こそ営業だ!」「少々の不調は気合いで治せ!」──こうした“昭和的な根性論”を、今も熱く語る社長がいます。さすがに極端だとしても、現場のグレーな実態を「見て見ぬふり」する経営は、多くの会社に残っているのではないでしょうか。

結論から言えば、それは会社を倒産に追い込みかねない「特大の落とし穴」です。根性論の強要や、そこで生じている歪みの放置は、法律上「安全配慮義務違反」として徹底的に糾弾されます。しかも怖いのは、一見ホワイト企業に見える取り組みや、真っ当に思える社内ルールの中にも、裁判で数千万円から億単位の賠償を命じられるリスクが潜んでいることです。本記事では、経営者が絶対にやってはいけない「意外な落とし穴」を、最新の法改正も交えて解説します。

なぜ「根性論」や「見て見ぬふり」が法律違反になるのか

会社には、労働契約法5条によって、従業員が命・身体・心の安全を確保しながら働けるように配慮する義務(安全配慮義務)が課されています。そして裁判で会社の義務違反が認められるかどうかは、主に2つの基準で判断されます。

「昔はみんな根性で乗り切った」「マナーだから」という言い分は、現代の裁判所には一切通用しません。実際、過労自殺が争われた電通事件では最高裁が会社の責任を認め、最終的に約1億6,800万円で和解しています(最高裁平成12年3月24日判決)。上司3人のいじめを放置した川崎市水道局事件でも、市に賠償が命じられました。「危ないと分かっていたのに根性論で押し通した」「現場の悲鳴を見て見ぬふりした」と認定されれば、一発でアウトなのです。

参考:労働契約法(e-Gov法令検索)電通事件 最高裁平成12年3月24日判決(裁判所 裁判例検索)

一見「ホワイト」に見える指示にも落とし穴がある

落とし穴① 「残業は一切禁止!定時で帰りなさい」

一見、素晴らしいホワイト企業の命令に見えます。しかし、業務量をまったく減らさないままこれをやると大アウトです。社員が自宅やカフェで働く「持ち帰り残業」を経営者が見て見ぬふりで黙認していた場合、会社には労働時間を適正に把握する義務がありますから、実態として社員を過労に追い込みメンタル疾患を発症させれば、安全配慮義務違反・健康管理の怠慢と評価されます。

落とし穴② 「夏でも、顧客の前ではスーツ・ネクタイ着用がマナーだ」

近年の記録的な猛暑の中で、熱中症のリスクを無視してマナーを優先させるパターンです。熱中症は命に関わる労働災害です。過去には、環境管理が不十分な中での熱中症死亡について約4,800万円の賠償を命じた裁判例も報告されています。しかも2025年6月からは、労働安全衛生規則の改正により、職場の熱中症対策が罰則付きで義務化されました。暑さ指数(WBGT)を無視した一律の服装強制は、時代遅れどころか法令違反リスクそのものです。

参考:厚生労働省 職場における熱中症予防情報労働安全衛生法(e-Gov法令検索)

落とし穴③ 「本当に体調が悪いなら、診断書をもらってから休みを申請して」

ズル休み防止の真っ当なルールに見えますが、高熱や大怪我で明らかに深刻な状態の社員に、休む「条件」として手続きを強要するのはアウトです。まず休ませて、医師の診察を受けさせるのが最優先。手続きを優先させた結果、移動中に事故に遭ったり症状が重篤化した場合、「危険を予見できた」として会社の責任になります。

POINT:ルールそのものより「運用」が問われる

残業禁止も、服装規定も、診断書ルールも、制度自体が直ちに違法なわけではありません。問われるのは、目の前の従業員の危険を予見できたのに、ルールを盾に対策を怠らなかったか──という運用の部分です。

「良かれと思った親切」が裏目に出るケース

落とし穴④ 「環境を変えて心機一転がんばれ!忙しい部署へ異動だ」

最近ミスが増えた、元気がない──メンタル不調の兆候が見える社員に、良かれと思って刺激の強い部署へ異動させる「荒療治」です。会社には心の健康への配慮義務もあります。不調のサインに気づきながら心理的負荷をさらに高める業務命令を出し、休職や最悪の事態に追い込んだ場合、数千万円規模の損害賠償につながった判例が多数あります。

落とし穴⑤ 「休日の社内BBQは全員参加!不参加なら査定に響くぞ」

親睦イベントでも、評価と連動させて事実上強制すれば、それはもう「業務の延長」です。イベント中や移動中のケガ、熱中症、急性アルコール中毒に対して、会社がすべての安全管理責任を負うことになります。「プライベートだから自己責任」という言い訳は通用しません。

災害・防犯──「顧客優先・安全軽視」が一番危ない

落とし穴⑥ 「今夜は1人だけど、しっかり宿直を頼むよ」

過去に近隣で盗難被害があるなど危険が予測できるのに、防犯設備も与えず1人で夜間の見張りを命じるケースです。これには最高裁まで争われた有名な判例、川義事件(最高裁昭和59年4月10日判決)があります。宿直中の従業員が強盗に殺害された事件で、裁判所は「十分な防犯対策を講じずに1人で宿直させたのは安全配慮義務違反」と認め、会社に重い賠償責任を課しました。「まさか強盗が来るとは」は通用しないのです。

台風出社命令は「ダブルアウト」の時代へ

台風の日の出社命令も同じ構造です。暴風雨の中、取引先から「今日中に資料を持ってこないと契約を切る」と迫られ、「お客様は神様だから行ってこい」と社員を突撃させる──これは台風の危険にさらした安全配慮義務違反になるだけではありません。2026年10月1日からは、改正労働施策総合推進法により、カスタマーハラスメント対策がすべての企業に義務化されます。悪質な顧客の要求から従業員を守らない会社は、安全配慮義務違反とカスハラ対策義務違反の「ダブルアウト」になる時代が、目前まで来ています。

参考:川義事件 最高裁昭和59年4月10日判決(裁判所 裁判例検索)厚生労働省 職場におけるハラスメントの防止のために労働施策総合推進法(e-Gov法令検索)

まとめ

  1. 会社には労働契約法5条の安全配慮義務があり、違反の判断基準は「予見可能性」と「結果回避義務」の2つ。「昔は根性で乗り切った」は裁判所に一切通用しない
  2. 「残業禁止だけ命じて業務量そのまま」「猛暑でもスーツ強制」「診断書を取ってから休め」など、一見まともな指示・ルールにも安全配慮義務違反が潜む
  3. メンタル不調者への「荒療治」異動や強制参加の社内イベントなど、良かれと思った親切も裏目に出る。災害・防犯の場面では「顧客優先・安全軽視」が最も危険で、2026年10月からはカスハラ対策義務化で「ダブルアウト」のリスクも

従業員の安全は、コストではなく会社を守る投資です。自社の「当たり前」の中に危険が潜んでいないか、この機会にぜひ点検してみてください。

※本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。電通事件の和解額(約1億6,800万円)および熱中症死亡事案の賠償額(約4,800万円)は判決・和解に関する報道等に基づく概数です。情報は2026年8月時点のものです。

弁護士 越水遥
この記事の執筆者

弁護士法人越水法律事務所 代表弁護士。東京大学法学部卒業、西村あさひ法律事務所を経て現職。企業法務・労務問題を中心に中小企業・スタートアップの経営を法務面から支援し、YouTube「守りの経営ch」で経営者向けの法律知識を毎日配信している。

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