労務・人事トラブル

【完全保存版】人を雇うなら知らなきゃダメ!経営者が知っておくべき労働法の基本|
採用・賃金・労働時間・安全配慮・多様な働き方・退職解雇──7章で逆引きできる「予防法務の教科書」

「うちの就業規則や雇用契約、本当に100%合法だと言い切れますか?」──こう聞かれてドキッとする経営者の方は少なくないはずです。経営者が「感覚」で行う労務管理ほど会社を危うくするものはありません。「知らなかった」の一言で、数千万円の未払い残業代請求、SNSでの炎上、そして経営者個人への刑事罰まで起こり得るのが労務の世界です。

ただ、労働法は労働者を守るためだけの法律ではありません。正しく理解すれば、悪質なトラブルから会社と誠実な従業員を守る「最強の武器」になります。本記事は、厚生労働省が公表する公式テキスト「知って役立つ労働法」をベースに、①労働法の全体像、②採用、③賃金、④労働時間・休日・休暇、⑤ハラスメントと安全配慮、⑥多様な働き方、⑦退職・解雇──の7章で、経営者がいつでも逆引きできる「予防法務の教科書」としてまとめたものです。

参考:厚生労働省「知って役立つ労働法~働くときに必要な基礎知識~」

第1章:労働法の全体像──「労働法」という名前の法律は存在しない

意外に思われるかもしれませんが、「労働法」という名前の法律はありません。労働基準法、労働契約法、最低賃金法、労働安全衛生法、労働組合法など、働くことに関するルールをまとめた総称が「労働法」です。

民法の大原則は「契約自由の原則」ですが、会社と労働者では交渉力に大きな差があります。だから法律が最低ラインを強制的に引き、労働者を手厚く守る構造になっています。経営者が押さえるべきポイントは2つです。

そして、労働法は正社員・契約社員・パート・アルバイト・外国人労働者を問わず、雇っている人「全員」に適用されます(労働基準法9条)。「バイトだから有休はない」「試用期間だから最低賃金以下でいい」は、すべて違法です。この「法律は労働者側に大きく傾いている」という力学を知らずに、対等な商取引の感覚で労務管理をすると必ず火傷をします。逆にこの力学を知っていれば、就業規則や契約書という「会社側に許された武器」を最大限に使えるようになります。

参考:e-Gov法令検索「労働基準法」(9条・13条・114条)

第2章:採用──「春から来てね」の時点で労働契約は成立している

面接で聞いてはいけない質問があります。厚生労働省の「公正な採用選考」のルールでは、採用は応募者の適性と能力だけで判断するのが大原則。本籍地・出生地、家族の職業や収入、住宅状況、思想・信条・宗教、支持政党、そして購読新聞や愛読書といった事項は、適性・能力と関係がないとして採用選考で配慮すべき事項とされています。SNS時代、応募者は面接内容をそのまま投稿します。評判を落とすのは一瞬です。

内定は「お断りできる約束」ではありません。最高裁は大日本印刷事件(最二小判昭和54年7月20日)で、採用内定の通知によって「解約権留保付きの労働契約」が成立すると判断しました。内定取消は法的には解雇に近く、許されるのは、卒業できなかった、経歴に重大な虚偽があった、健康状態が著しく悪化した、犯罪行為が発覚した、といった限定的な場合です。「思ったより業績が悪くなったから」という取消は、無効となり損害賠償の対象になります。

入社時には労働条件の明示義務があります(労働基準法15条)。2024年4月の改正で「就業場所・業務の変更の範囲」、有期契約なら「更新上限の有無」や「無期転換の申込機会」まで明示事項に加わりました。古い雛形の労働条件通知書を使い回している会社は、この時点で法律違反です。社会保険・雇用保険の加入義務も、「本人が入りたくないと言ったから」では通用しません。また、試用期間中も労働契約は成立していますから、「試用期間だから自由にクビにできる」は誤解です。

参考:厚生労働省「公正な採用選考をめざして」裁判所「最二小判昭和54年7月20日(大日本印刷事件)」

第3章:賃金──払い方のルールを1つ崩すと、刑事罰と遡及請求が同時に来る

最低賃金法は強行法規です。本人が「時給500円でいい」と同意して契約書にサインしても、その合意は無効で、最低賃金額で契約したものと扱われます。後から差額を数年分請求され、しかも地域別最低賃金の不払いには50万円以下の罰金という刑事罰があります(最低賃金法4条・40条)。2025年度の改定で全国加重平均は1,121円となり、全都道府県で時給1,000円を超えました。毎年上がり続けますから、「去年ギリギリだった会社」は今年、自動的に違反状態になります。

給料の払い方には、労働基準法24条の「賃金支払いの4原則」があります。

  1. 通貨払い:現物支給はNG。銀行振込やデジタル払いも労働者の同意があって初めて認められる例外
  2. 直接払い:未成年のアルバイトでも、親に手渡したり親の口座に振り込むのは違法(労働基準法59条)
  3. 全額払い:親睦会費の勝手な天引き、備品を壊したペナルティや遅刻の罰金の控除は、労使協定などの根拠がなければ違反。「ミスしたら1万円」という賠償額の予約自体も禁止(労働基準法16条)
  4. 毎月1回以上・一定期日払い:「今月は資金繰りが厳しいから来月2か月分まとめて」は一発アウト。支払遅延はそれ自体が労基法違反で30万円以下の罰金の対象。退職後の未払賃金には年14.6%の遅延利息が付く

経営が苦しいときの賃下げも、労働者の個別の同意なく一方的に行うことはできません(労働契約法9条)。しかも最高裁は、同意があったとしても「自由な意思に基づくと認めるに足りる合理的な理由」が必要だとしています。呼び出して「サインして」と迫った同意書は、後からひっくり返ります。

参考:e-Gov法令検索「最低賃金法」(4条・40条)厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」e-Gov法令検索「賃金の支払の確保等に関する法律」(6条)e-Gov法令検索「労働契約法」

第4章:労働時間──36協定なしの残業は「すべて違法」

法定労働時間は1日8時間・1週40時間(労働基準法32条)。この壁を1分でも超えて働かせるには、36(サブロク)協定を労使で結び、労働基準監督署に届け出ることが絶対条件です。届出をしていない会社の残業は全部違法残業で、6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金の対象になります。「36協定なんて聞いたことがない」という中小企業は珍しくありません。まず自社の届出の有無を確認してください。

36協定を結んでも、残業には上限があります。原則は月45時間・年360時間。特別条項を付けても年720時間以内、単月100時間未満、2〜6か月平均80時間以内です。割増率は、時間外25%以上、深夜(22時〜翌5時)25%以上、法定休日35%以上、月60時間を超える残業は50%以上。この60時間超50%は2023年4月から中小企業にも完全適用されています。

POINT:固定残業代は「3要件」が崩れると全額吹き飛ぶ

①基本給と固定残業代を切り分けて「何時間分・いくら」かを明示する ②実際の残業が固定分を超えたら差額を払う ③求人や契約書に内訳を明示する。「月給30万円、残業代込み」としか書いていないと、裁判では固定残業代が否定され、30万円全体を基礎単価として残業代を計算し直されます。

休憩中の「電話番だけお願いね」は休憩ではなく労働時間です(労働基準法34条)。年次有給休暇は半年勤務・8割出勤で10日発生し、パートにも比例付与されます。年10日以上ある人には年5日を確実に取得させる義務があり、違反は労働者1人あたり30万円以下の罰金。有休の利用目的を聞いて可否を判断するのも違法です。そして未払い賃金の請求権の時効は当分の間3年。サービス残業を放置すると、退職した社員から3年分をまとめて請求され、付加金で最大2倍になります。サービス残業は「節約」ではなく「時限爆弾の積立」です。

参考:e-Gov法令検索「労働基準法」(32条・34条・36条・37条・39条・119条)

第5章:安全配慮とハラスメント──「実施して終わり」ではない

ベースにあるのが労働契約法5条の「安全配慮義務」です。年1回の健康診断や、従業員50人以上の事業場でのストレスチェックは、実施して終わりではなく、異常所見が出た人への医師の意見聴取や就業上の配慮まで含めて義務です。労災を健康保険で処理させる「労災かくし」は犯罪で、50万円以下の罰金のうえ、毎年多くの会社が書類送検されています。

労災はケガだけではありません。長時間労働やハラスメントによるうつ病などの精神障害も労災の対象です。電通事件(最二小判平成12年3月24日)では、新入社員が長時間労働からうつ病を発症して自殺した事案で、最高裁が会社の損害賠償責任を認め、最終的に約1億6,800万円で和解しています。会社の規模に関係なく、過重労働の放置は億単位のリスクです。

パワハラ防止措置は2022年4月から中小企業を含む全企業の法的義務(労働施策総合推進法)。方針の明確化、相談窓口の設置、事後の迅速な対応という体制がない時点で法律違反です。セクハラ、マタハラ・パタハラも同様に措置義務があり、さらに2026年10月1日からはカスタマーハラスメント対策と就活生へのセクハラ対策も全企業の義務に加わります。ハラスメント対策はもう「大企業の話」ではありません。

参考:e-Gov法令検索「労働契約法」(5条)e-Gov法令検索「労働安全衛生法」裁判所「最二小判平成12年3月24日(電通事件)」e-Gov法令検索「労働施策総合推進法」

第6章:多様な働き方──「業務委託」という最大の地雷

派遣は「二重構造」で覚えてください。日々の指揮命令は派遣先(自社)、雇用契約・賃金・有休・健康診断の責任は派遣元。ただし労働時間の管理や安全配慮、ハラスメント対策の責任は現場である派遣先も負います。有期契約は「3年・5年」の数字が重要で、1回の契約期間の上限は原則3年、通算5年を超えると労働者の申込みで無期雇用に転換します(労働契約法18条・会社に拒否権なし)。更新を重ねて雇用継続への合理的な期待が生まれている場合、一方的な雇止めは解雇と同じ規制を受けて無効になります(労働契約法19条)。パートと正社員の待遇差も、手当や福利厚生ごとに「不合理な差」があれば違法です(パートタイム・有期雇用労働法8条)。

そして最大の地雷が業務委託です。契約書のタイトルが「業務委託」でも、①働く場所や時間を会社が指定している、②仕事の進め方に細かく指揮命令している、③仕事の依頼に対する拒否権が実質ない、④報酬が時間ベース、⑤他社の仕事を受ける自由がない──こういう「委託先」は、法的にはただの従業員です。労働者と認定されれば、数年分の残業代・有給休暇・社会保険料の遡及が一気に発生します。人件費を「外注費」に見せかけるスキームは、労基署・税務署・年金事務所の三方向から撃たれる可能性があります。2024年11月からはフリーランス新法も施行され、発注者側に書面明示や報酬支払期日などの義務が課されました。外注管理はもう完全に法務マターです。

第7章:退職・解雇──「明日から来なくていい」は最も高くつく

従業員からの退職を会社は拒否できません。期間の定めのない雇用なら、民法627条により申入れから2週間で契約は終了します。就業規則に「3か月前に申し出ること」と書いてあっても、2週間で辞められること自体は止められません。

会社からの解雇は、労働契約法16条の「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない解雇は無効」という解雇権濫用法理が中核です。高知放送事件(最二小判昭和52年1月31日)では、アナウンサーが2週間に2度寝過ごして放送事故を起こしても、最高裁は解雇を無効としました。日本の解雇のハードルの高さを象徴する判例です。業務上のケガや病気による休業中とその後30日間、産前産後休業中とその後30日間の解雇は法律で明文で禁止され、解雇には30日前の予告か30日分以上の解雇予告手当が必要です(労働基準法19条・20条)。整理解雇は、人員削減の必要性・解雇回避努力・人選の合理性・手続の妥当性の4要件で審査され、「赤字だから解雇できる」ほど単純ではありません。

だから実務では、解雇より「退職勧奨」が原則です。「辞めてもらえませんか」という話し合い自体は適法で、合意退職が成立すれば後から争われるリスクは劇的に下がります。ただし、長時間・多数回の面談で執拗に迫る、「辞めないなら解雇だ」と脅す、退職届を書くまで帰さない──こうなると違法な退職強要で、慰謝料の対象になるうえ、追い込まれて書いた退職届は合意自体が無効になります。

参考:e-Gov法令検索「民法」(627条)e-Gov法令検索「労働契約法」(16条・18条・19条)裁判所「最二小判昭和52年1月31日(高知放送事件)」

まとめ──明日からの「逆引きチェックリスト」

  1. 全体像:「本人が納得している」を根拠にしない。労基法を下回る合意は無効という前提で全契約書を見直す
  2. 採用:面接質問リストからNG項目を削除。労働条件通知書を2024年4月改正対応版に差し替える
  3. 賃金:全従業員の時給換算額を最低賃金と照合。天引き項目に労使協定の根拠があるか確認する
  4. 労働時間:36協定の届出の有無と上限を確認。固定残業代の3要件と有休5日取得の管理表をチェックする
  5. 安全配慮・ハラスメント:健康診断の事後措置まで実施。相談窓口の設置・周知と、2026年10月のカスハラ義務化準備を始める
  6. 多様な働き方:業務委託契約の「実態」を総点検。無期転換対象者と同一労働同一賃金の待遇差を棚卸しする
  7. 退職・解雇:解雇の前に必ず専門家に相談するルールを作る。退職手続(離職票・貸与物・引継ぎ)の標準フローを整備する

労働法は会社を縛る鎖ではなく、誠実な従業員を守り、悪質なトラブルから組織を守る「予防法務」のベースです。7つのチェック項目は、どれも1日で終わるものではありませんが、顧問弁護士と一緒に日常業務として少しずつ整えていけば、会社は確実にトラブルに強くなります。自社の労務環境に少しでも不安があれば、問題が表面化する前にご相談ください。

※本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。法令・判例・統計は厚生労働省・e-Gov法令検索・裁判所の公表資料(2026年8月時点)に基づきます。

弁護士 越水遥
この記事の執筆者

弁護士法人越水法律事務所 代表弁護士。東京大学法学部卒業、西村あさひ法律事務所を経て現職。企業法務・労務問題を中心に中小企業・スタートアップの経営を法務面から支援し、YouTube「守りの経営ch」で経営者向けの法律知識を毎日配信している。

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