「内部統制って、大企業がやる小難しい手続きでしょう? 現場に細かいルールを増やして、業務を遅くするだけでは?」──これが一番多い誤解です。内部統制は面倒な社内ルールではなく、会社の「ブレーキシステム」です。ブレーキのない車で時速200キロは出せません。しっかりしたブレーキがあるからこそ、経営者は思い切ってアクセルを踏めるのです。
そして、そのブレーキが壊れる最大の原因は、現場のミスではなく「トップの暴走」です。実際に、ブレーキの整備を怠った取締役らが約829億円の賠償を命じられた判決まであります。本記事では動画の内容をもとに、内部統制とは何か、どう崩壊するのか、そして中小企業が明日からできる対策までを解説します。
そもそも内部統制とは──ガバナンス・コンプライアンスとの違い
「ガバナンス」「内部統制」「コンプライアンス」は、ピラミッドで整理すると分かりやすくなります。
- 最上位:コーポレートガバナンス──株主や社外取締役といった外部の目で「経営者」の暴走を監視する、会社の大きな設計図
- 中間層:内部統制・リスクマネジメント──経営者が「従業員」のミスや不正を防ぐために作る現場の仕組み。経費精算の複数チェックや契約書の法務チェックがこれに当たります
- 土台:コンプライアンス──法令だけでなく倫理を誠実に守る姿勢そのもの
ポイントは監視の向きが違うことです。ガバナンスは外から経営者を、内部統制は経営者が従業員を、それぞれ見ています。
法律上も、会社法362条により、大会社(資本金5億円以上または負債200億円以上)の取締役会には、内部統制システム(業務の適正を確保するための体制)の整備に関する決定が義務付けられています。この義務を裁判で最初に明確にしたのが、大和銀行株主代表訴訟です。大阪地裁平成12年9月20日判決は、ニューヨーク支店の一行員による約11億ドルの巨額損失事件について、リスク管理体制を整備しなかった取締役らの責任を認め、総額約829億円(7億7,500万ドル)の賠償を命じました。役員個人に、です(事件はその後、控訴審での和解により終結しています)。「知らなかった」では済まされない──これが内部統制の重みです。
内部統制が「崩壊」するシチュエーション──最悪なのはトップによる無効化
どんなに仕組みを作っても、崩壊するときは崩壊します。その中で最も恐ろしいのが「内部統制の無効化」──ルールを作る側のトップ自らが、ルールを無視して暴走するパターンです。実例には事欠きません。
- ENEOS──会長、そして社長が、いずれも酒席での不適切行為により2年連続でトップの座を追われるという異例の事態が起きました(2022年に会長が辞任、2023年12月に社長を解任)
- ビッグモーター──故意に車を傷つけて保険金を水増し請求する不正が組織的に行われ、金融庁は2023年11月30日付で損害保険代理店の登録を取り消しました。監督当局の発足以来、初の登録取消処分です
- ダイハツ──第三者委員会が174件もの認証試験不正を認定し、全車種が出荷停止に。最も古い不正は1989年からで、委員会は真因を「経営の問題」と断じました
- 東芝──不正会計により歴代3社長が辞任。第三者委員会は、利益の水増しが歴代トップの関与のもと「経営判断として」行われたと認定しました
共通するのは、現場が壊したのではなく、トップの姿勢と古い企業文化が「これくらい許される」という空気を作り、ブレーキを踏む人がいなくなったことです。
そしてこれは大企業だけの話ではありません。東京商工リサーチによれば、2024年度のコンプライアンス違反による倒産は317件で過去最多。会社の規模に関係なく、統制の崩壊は倒産に直結しています。
参考:金融庁「株式会社ビッグモーター等に対する行政処分について」/東京商工リサーチ「2024年度『コンプライアンス違反』倒産 過去最多317件」
内部統制の崩壊を防ぐ2つの対策
トップが暴走したとき、会社を守る仕組みは大きく2つです。
1つ目は、社長を経由しない「別ルートの報告ライン」を作っておくこと。通常、現場の不正は社長に報告して止めます。でも社長自身が不正をしていたら、そのルートは死にます。だから内部通報制度や、監査役・社外役員への直通ルートが必要になるのです。ENEOSの事案も、内部通報から発覚して外部弁護士の調査につながりました。通報者を守る仕組みとセットで、社長の頭越しに声が届く道を平時から用意しておくことです。
2つ目は、統制環境──つまり企業文化のアップデートです。いくら立派な規程を作っても、「昭和のノリ」のままなら形骸化します。時代に合ったハラスメント基準やコンプライアンス意識へ、経営陣自らが文化を更新し続けること。結局、最大の防壁は「社長だから特例」を作らないという、トップ自身の姿勢なのです。
中小企業が今すぐ取り組むべき第一歩
「うちのような中小企業は、分厚いマニュアルを作る余裕はない」──大丈夫です。分厚いマニュアルは不要です。費用対効果で考えて、まず取り組むべきは「職務の分離」。誰が申請し、誰が承認し、誰が記録するのかを分けることです。特に「お金の承認」と「お金の管理」を同一人物にやらせないこと。
POINT:経理への「任せきり」が横領の最大の温床
中小企業で一番多いのが、創業時からいる古株の経理担当者に通帳も印鑑も全部任せきりで、社長すら中身を把握できないブラックボックスになっている状態です。これが横領の最大の温床になります。承認は社長、出納は経理、記帳の確認は税理士──と分けるだけで、不正の大部分は防げます。
もう一つは可視化です。現金や印鑑の管理、稟議のルールを、紙1枚でいいので明文化する。この2つが、中小企業の内部統制の第一歩です。
まとめ──明日からのアクション
- 社長を経由しない通報ルート(社外の弁護士窓口・監査役直通)を設置し、通報者保護のルールを明文化する
- 職務分掌を規程化する。「お金の承認」「出納」「記帳」を必ず別の人間に分け、通帳・印鑑・カードの保管者を分離する
- 月次で数字の相互チェックを回す。預金残高と帳簿の照合、経費精算のダブルチェックなど、紙1枚のチェックリストから始める
- 経営者自身がルールを守る姿を見せる。「社長だから特例」を廃止し、経費・承認・ハラスメント基準を全社共通にする
内部統制は社員を縛る鎖ではなく、全員が安心して価値を生むためのインフラです。ブレーキを整備した会社だけが、思い切りアクセルを踏めます。社内規程やガバナンス体制の整備は、トラブルが起きる前に専門家と一緒に進めてください。
※本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。情報は2026年8月時点のものです。
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