財務・資本政策

ほとんどの社長はわかってない!株式上場(IPO)の仕組みとリスク|
グロース市場は利益基準なし・準備は最低3年・上場後は重い義務──「上場もできる会社」にしておく守りの経営

「上場企業」という言葉は毎日ニュースで耳にするのに、「上場とは何か」「どんな会社ができるのか」を説明できる経営者は意外と少ないものです。「会社を大きくしたいなら上場」というイメージはあっても、「うちには関係ない」で終わらせてしまう。実は、そのイメージの整理をしておくだけで、自社の将来の選択肢がはっきり見えてきます。

日本には約336万の企業がありますが、東京証券取引所に上場している会社は3,894社(2026年8月25日時点、TOKYO PRO Marketを含む)。割合にして約0.1%、ざっくり「1000社に1社」です。ところが、「上場=超大企業」というのは誤解で、思ったより手の届く市場もあります。本記事では動画の内容をもとに、①株式会社と上場の仕組み、②IPO準備の実務と課題、③見落とされがちなリスク、④経営者の判断軸──の4つに分けて解説します。

参考:中小企業庁「中小企業・小規模事業者の数(2021年6月時点)の集計結果」日本取引所グループ「上場会社数」

そもそも株式会社と「上場」ってどういう仕組み?

株式とは、ひとことで言えば「会社のオーナーの座を細かく切り分けた券」です。株を持っている人=株主が会社の持ち主で、会社法上、株主には大きく3つの権利があります。配当を受け取る権利、会社を畳んだときに残った財産を受け取る権利、そして株主総会で票を入れる権利です(会社法105条)。法律上、株主は「持ち主」、経営者は持ち主から経営を任される「運転手」であって、両者は別物です。中小企業では社長が株を100%持っていることが多いので一体に見えますが、上場すると、この「持ち主」が一気に増えます。

上場とは、自社の株を証券取引所で、見ず知らずの誰もが自由に売買できるようにすることです。八百屋の店先でしか買えなかった野菜が、全国のスーパーに並ぶイメージです。誰でも買える商品にする以上、取引所が「この会社の株はお客さんに並べて大丈夫か」を審査します。これが上場審査です。

東証には3つの市場があり、新規上場時の主な形式基準(上場時見込み)は次のとおりです。

グロース市場に利益基準がないことは、今日いちばんの「知らなかった」ポイントかもしれません。赤字であっても、合理的な事業計画と高い成長可能性があれば上場できる市場です。逆に言えば、審査で見られるのは会社の規模ではなく「会社の中身」なのです。

参考:e-Gov法令検索「会社法」(105条)日本取引所グループ「上場審査基準(プライム市場)」同「スタンダード市場」同「グロース市場」

IPOを目指す会社にはどんな準備や課題がある?

「書類を出せば審査してもらえる」というものではありません。上場準備の世界では、上場する年度を「N期」と呼び、そこから逆算して最低3年がかりのプロジェクトを組みます。N-3期(3年前)に監査法人の「ショートレビュー」という調査──いわば会社の健康診断──を受け、会計ルール、社内規程、労務管理、親族や関連会社との取引など、上場会社として通用しない点を洗い出します。N-2期・N-1期の直前2期間は、監査法人の会計監査を受けながら、上場会社と同じ管理体制を実際に運用します。並行して、上場のプロデューサー役となる主幹事証券会社を選び、審査と申請書類づくりを進め、N期にようやく取引所へ上場申請、という流れです。

先ほどの形式基準は言わば「入口の身長制限」で、本番は実質審査です。取引所と主幹事証券は、企業経営の健全性、コーポレート・ガバナンス、内部管理体制の有効性、事業計画の合理性を見ます。日常語に直せば、「社長のワンマンではなく組織で回っているか」「お金の流れが帳簿どおりか」「社長の親族との取引で会社が損をしていないか」「計画に根拠があるか」。多くの会社はここで引っかかります。

「上場直前まで行ったのに止まる会社がある」のは、大きく2つの理由からです。1つは内部体制が整いきらないケース。未払い残業代や名ばかり管理職といった労務問題、契約書が交わされていない取引などが直前に見つかると、そこで止まります。もう1つは市場環境です。東証の集計によれば、2025年の新規上場は66社で、前年から20社減り、2013年以来の低水準でした(内訳はプライム7社・スタンダード12社・グロース41社ほか)。株式市場が冷え込むと、会社に問題がなくても「今上場したら安値がつく」として延期になる。自社の努力だけではコントロールできない要素もあるのです。

POINT:形式基準は入口、本番は「会社の中身」の審査

実質審査で見られるのは、組織経営・内部管理体制・親族や関連会社との取引の整理・事業計画の根拠。直前にまとめて直そうとすると3年では済まなくなります。

参考:東京証券取引所 上場部「2025年の新規上場の状況」(2026年1月14日)

見落とされがちな3つのリスク

リスク①:上場は「した後」もお金がかかり続ける。取引所に払う年間上場料は、上場時価総額に応じてプライム市場で96万円〜456万円、グロース市場で48万円〜408万円(いずれもTDnet利用料12万円を別途加算・税抜)。これに加えて監査法人への監査報酬、株主名簿管理を任せる信託銀行等への委託費、開示書類の作成費用、IRや内部監査の人件費が毎年かかります。合計すると年間で数千万円規模の固定費になることも珍しくありません。「上場がゴール」だと思っていると、そこで息切れします。

リスク②:法律上の義務がまるごと重くなる。上場会社は金融商品取引法により、有価証券報告書という詳細な成績表を毎年提出する義務を負います。さらに金商法24条の4の4は「内部統制報告書」の提出を義務づけています(いわゆるJ-SOX)。日常語で言えば、「うちの会社は、お金の流れをごまかせない社内の仕組みになっています」ということを、毎年、体制ごと点検して報告する制度です。決算の数字が合っていればよい、では済まなくなります。

リスク③:会社が自分だけのものではなくなる。株主は会社の持ち主で、議決権を持ちます。上場すれば、グロース市場でも150人以上、プライムなら800人以上の株主に対して説明責任を負い、配当や株価への期待に応え続ける必要があります。株は誰でも買えますから、意図しない相手に買い集められるリスクもゼロではありません。「自由な経営」と引き換えに「開かれた経営」を選ぶのが上場だ、というのが本質です。

もうひとつ知っておきたいのが、上場した後も守り続けなければならない「上場維持基準」です。東証は2025年9月、グロース市場の上場維持基準を「上場10年経過後に時価総額40億円以上」から「上場5年経過後に時価総額100億円以上」へ引き上げることを決め、2030年3月以降に適用されます。上場すれば安泰、ではなく、上場後も成長し続けることが制度として求められる時代になっています。

参考:日本取引所グループ「上場後の料金(年間上場料)」e-Gov法令検索「金融商品取引法」(24条の4の4)日本取引所グループ「グロース市場の上場維持基準の見直し等について」(2025年9月26日)

経営者として、どう判断すればいい?──判断軸は3つ

判断軸①:IPOは「目的」ではなく「手段」。上場で得られるのは、大きな資金調達、社会的信用、採用力です。それが自社の成長戦略に本当に必要かをまず問い、銀行借入やM&A、非上場のままの外部出資という選択肢と並べて比べてください。

判断軸②:維持コストと義務に、自社の利益体力が耐えられるかを数字で確認する。年間数千万円規模の固定費を払ってなお、成長投資ができるか。夢ではなく数字で判断します。

判断軸③:今決めるべきは「上場するか」ではなく「上場もできる会社にしておくか」。契約書をきちんと交わす、労務管理を法令どおりにする、親族との取引を整理する、議事録や帳簿を整える──上場審査で見られる項目は、実はそのまま「会社を守る経営」の項目です。これをやっておけば、いざ上場を目指すときに3年のスタートラインに最短で立てますし、目指さなくても、トラブルに強い会社になります。

実務では、「今すぐ上場したい」というご相談は少数派です。多いのは「息子に継がせるか、売却するか、上場するか、まだ決めていない。ただ、どの道も選べる状態にしておきたい」というご相談で、弁護士としてはそれが最も賢い姿勢だと思っています。上場審査で見られる法令順守や社内体制は、M&Aで会社を売るときに買い手が行うデューデリジェンスの項目ともほぼ共通です。日頃から契約・労務・ガバナンスを整えておくことは、上場の土台であると同時に、会社の値段そのものを上げる投資なのです。

まとめ

  1. 上場とは自社の株を誰でも売買できるようにすること。東証にはプライム・スタンダード・グロースの3市場があり、グロースは株主150人以上・流通株式時価総額5億円以上で利益基準なし。上場は1000社に1社だが、思うより現実的な選択肢
  2. IPOは最低3年のプロジェクト。監査法人のショートレビューに始まり、審査で見られるのは規模ではなく内部管理体制という「会社の中身」
  3. 上場後は年間上場料や監査報酬などの維持コストと、有価証券報告書・内部統制報告書(J-SOX)をはじめとする重い義務を負う。IPOは目的ではなく手段として、数字で冷静に判断する

契約書の整備、労務体制の点検、株主構成や親族間取引の整理といった「上場もできる会社づくり」は、日常の顧問業務として少しずつ進められます。上場を考えるかどうかにかかわらず、いま整えておくことが、将来の選択肢と足元の安全の両方を守ります。

※本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。上場基準・料金・統計は日本取引所グループ・中小企業庁の公表資料(2026年8月時点)に基づきます。

弁護士 越水遥
この記事の執筆者

弁護士法人越水法律事務所 代表弁護士。東京大学法学部卒業、西村あさひ法律事務所を経て現職。企業法務・労務問題を中心に中小企業・スタートアップの経営を法務面から支援し、YouTube「守りの経営ch」で経営者向けの法律知識を毎日配信している。

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