弁護士として企業のトラブルを見ていて、いつも感じることがあります。裁判や通知書にまで発展する紛争のほとんどは、「悪意」ではなく「無意識」から始まっているということです。社長本人は普通に仕事をしているつもりなのに、取引先は「あの会社とはもう付き合いたくない」と思っていて、社員は「この社長の下では働けない」と静かに転職や法的手段の準備を進めている──こうしたすれ違いが、ある日突然、取引の打ち切りや弁護士からの通知書という形で表面化します。
数字で見ても、職場の不満は大きなうねりになっています。厚生労働省の集計では、2025年度(令和7年度)に労働局などに寄せられた総合労働相談は119万8,010件で、18年連続の100万件超え。内容別では「いじめ・嫌がらせ」が55,614件で14年連続の最多です。本記事では動画の章立てに沿って、①取引先に敵を作る社長の特徴、②社内に敵を作る社長の特徴、③敵を作りやすい社長の共通点、④味方を作れる社長になるには、⑤揉めないための予防法──の順に、法律の観点から解説します。
参考:厚生労働省「令和7年度個別労働紛争解決制度の施行状況」(2026年7月7日公表)
1. 取引先に敵を作る社長の特徴──「悪気のない一言・一手」が信用を削る
取引先との関係は、契約という「約束」でできています。敵を作る社長は、この約束の扱いが軽いという共通点があります。典型的な特徴は次のとおりです。
- 口約束で仕事を頼み、発注書や契約書を作らない。「いつものやつ、お願い」で済ませてしまい、納期・仕様・金額が後から「言った・言わない」になる。民法上、契約は口頭の合意でも成立しますが(民法522条)、内容を証明できなければ守ることも守らせることもできません
- 支払いを遅らせる、後から値切る、一方的に条件を変える。「今月は厳しいから来月で」「思ったより手間がかからなかったでしょう」──発注側の立場で軽く言うこの一言が、相手にとっては資金繰りと信頼を同時に削る行為です。2026年1月1日からは、下請法を改正した中小受託取引適正化法(取適法)が施行され、代金の支払遅延や減額、買いたたきに加え、相手からの価格協議の求めに応じずに一方的に代金を決めることや、手形での支払いも禁止行為として明確になりました
- 「うちが客だ」という態度で担当者に接する。取引上の立場の強さを背景に無理な要求を押しつけることは、独占禁止法の「優越的地位の濫用」に当たり得ます。しかも2026年10月1日からは、すべての事業主に顧客からの著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)から自社の従業員を守る措置が義務づけられます。取引先の担当者に高圧的に接する社長は、これからは「守るべき相手」として相手の会社から距離を置かれる側になります
- 担当者を飛び越えて相手の上司に怒鳴り込む、他社の悪口を業界内で広める。その場は通っても、業界は狭く、話は必ず本人に届きます。取引先は一社ではなく、「業界」という一つの評判のネットワークです
参考:e-Gov法令検索「民法」(522条)/公正取引委員会「中小受託取引適正化法(取適法)関係」/e-Gov法令検索「中小受託取引適正化法」/e-Gov法令検索「独占禁止法」(2条9項5号・19条)/厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」(カスタマーハラスメント対策の義務化・2026年10月1日施行)
2. 社内に敵を作る社長の特徴──社員は「言わずに」敵になる
取引先は不満があれば取引を減らすという形で意思表示をしますが、社員は違います。多くの場合、何も言わずに静かに敵になります。社内に敵を作る社長の特徴は、次のようなものです。
- 指示に理由がなく、朝令暮改。「なぜやるのか」を説明せずに方針を変え続けると、社員は「振り回されている」と感じ、指示そのものに従わなくなります
- 評価や人事が不公平に見える。お気に入りの社員だけを引き上げる、成果を出した人より声の大きい人を評価する。本当に仕事ができる社員ほど、この不公平を最初に見抜きます
- 人前で感情的に叱責する。指導のつもりでも、業務上必要かつ相当な範囲を超えれば、パワーハラスメントです。労働施策総合推進法30条の2により、中小企業も2022年4月からパワハラ防止の措置(相談窓口の設置など)を講じる義務を負っています。社長自身の言動が、会社の義務違反の証拠になります
- 昇給や役職の約束を口頭でして、守らない。労働条件は書面で明示する義務があり(労働基準法15条)、いったん合意した労働条件を会社が一方的に不利益に変えることは原則としてできません(労働契約法8条・9条)。「言ったつもり」「そんな約束はしていない」のすれ違いは、そのまま労働審判や未払い賃金請求の争点になります
- 耳の痛い意見を「生意気だ」と煙たがる。会社のために改善案を出す社員を軽視した瞬間、その人は会社の最大の味方から最大の脅威に変わります。この構造は「有能社員を敵に回すほど怖いものはない」で詳しく解説しています
参考:e-Gov法令検索「労働施策総合推進法」(30条の2)/e-Gov法令検索「労働基準法」(15条)/e-Gov法令検索「労働契約法」(3条4項・8条・9条)
3. 敵を作りやすい社長の共通点──「合意」を軽く見ている
取引先と社内、相手は違っても、敵を作る社長には共通する考え方のクセがあります。
- 「自分が正しい」が前提で、説明を省く。結論だけを伝えて、理由は「わかるだろう」で済ませる。相手は納得していないまま従っているだけなので、不満は表に出ずに積み上がります
- 約束を「その場の空気」で扱う。調子のいいときは気前よく約束し、状況が変わると「あれは状況が違った」と引っ込める。本人は臨機応変のつもりでも、相手には「この人の言葉は当てにならない」という記憶だけが残ります
- 記録を残さない。口頭で決めて口頭で変える。後から揉めたとき、証拠がないのは相手だけではなく、自分も同じです
- 目の前の得を優先し、相手の取り分を考えない。値切って浮いた10万円で、10年続くはずだった取引を失う。残業代を削って浮いたお金が、3年分の未払い請求と付加金で返ってくる
法律の言葉でまとめると、共通点は「合意を軽く見ている」ことです。契約も労働条件も、相手との合意でできています。そして民法は権利の行使と義務の履行を「信義に従い誠実に」行うことを求め(民法1条2項)、労働契約法も労使が信義に従い誠実に権利を行使し義務を履行すべきことを定めています(労働契約法3条4項)。合意を軽く扱う社長は、法律の土台そのものに背を向けているのです。
POINT:「敵を作らない」とは、性格を変えることではなく「説明と記録」を習慣にすること
人当たりの良さや弁舌の巧みさは要りません。決める前に理由を説明する、決めたことを文書に残す、約束した内容を変えるときは相手の合意を取る。この3つを習慣にするだけで、紛争の種は大幅に減ります。
4. 味方を作れる社長になるには──「相手の取り分」から考える
味方とは、「この社長と組むと自分も得をする」と相手が確信している状態です。味方を増やす社長は、次のことを自然にやっています。
- 決める前に、理由を言葉にして説明する。反対されることを恐れて説明を省くと、反対の代わりに沈黙と離反が返ってきます。説明は「相手を説得する」ためではなく、「相手が納得して動ける」ためのものです
- 約束は文書にして、守る。契約書、発注書、労働条件通知書、評価基準。文書にするのは相手を縛るためではなく、自分が守る約束をはっきりさせるためです。守れなくなったときは、黙って変えるのではなく、事前に相談して合意し直す
- 相手の取り分を先に考える。取引先には適正な価格と期日どおりの支払いを、社員には成果に見合う評価と法令どおりの賃金を。相手が「得をしている」と感じている限り、その人はあなたの味方です
- 感謝とリスペクトを「形」にする。言葉だけの感謝は続きません。取引先には支払いの正確さと継続発注で、社員には評価と労働環境で返す
- 社長に反対できる第三者を持つ。社内に「ノー」と言える人がいない会社は、社長の無意識が誰にも止められません。社外取締役や顧問弁護士のように、利害関係の外から意見を言える存在が、社長を敵づくりから守ります
5. 揉めないための予防法──今日から整える5つ
「敵を作らない」は心構えの話に聞こえますが、実務では仕組みで解決できます。弁護士としておすすめする予防法は次の5つです。
- 契約書・発注書を必ず交わす。取適法の適用がある取引では、発注時に取引条件を書面または電子データで交付する義務があり、代金は納品などの受領から60日以内に支払わなければなりません。適用の有無にかかわらず、この水準を自社の標準にしておけば、取引先から敵視される理由の大半は消えます
- 労働条件通知書・就業規則・評価基準を文書にして周知する。「聞いていない」「そんなルールは知らない」を社内からなくすことが、社内紛争の予防の出発点です
- 決めたこと・変えたことは記録に残す。会議のメモ、メールでの確認、面談記録。相手を疑うためではなく、お互いの認識を揃えるための記録です
- 相談窓口とハラスメント方針を整える。パワハラ防止措置は中小企業にも義務であり、2026年10月からはカスハラ対策も加わります。「不満を安全に言える場所」があれば、不満が敵意に育つ前に処理できます
- 揉める前に弁護士に相談する。通知書が届いてから弁護士を探すのでは、選べる手段が限られます。契約書のひな形、就業規則、取引先とのやり取りを平時に点検しておけば、「無意識に敵を作っていた」ことに、揉める前に気づけます
参考:政府広報オンライン「2026年1月から下請法が『取適法』に」/e-Gov法令検索「労働施策総合推進法」(30条の2)
まとめ
- 取引先に敵を作る社長は、口約束・支払遅延・一方的な値切りや条件変更・高圧的な態度で信用を削っている。2026年1月施行の取適法と、2026年10月からのカスハラ対策義務化で、こうした行動は「相手の会社が法的に対処すべきもの」になった
- 社内に敵を作る社長は、説明のない指示・不公平な評価・人前での叱責・守られない約束で、社員を「言わずに敵になる」状態に追い込んでいる。パワハラ防止措置義務、労働条件の明示義務、不利益変更の制限が、その一つひとつに法的な意味を与えている
- 共通点は「合意を軽く見ている」こと。味方を増やす方法は、決める前に説明し、約束を文書にして守り、相手の取り分を先に考えること。予防法は、契約書・就業規則・記録・相談窓口・平時の弁護士相談の5つ
敵を作らない社長は、気が弱い社長でも、八方美人の社長でもありません。「自分の言葉に責任を持ち、それを形に残す社長」です。契約書や就業規則、記録の習慣は、そのための道具にすぎません。ただ、自己流で整えると細部でつまずくポイントが多く、取適法やカスハラ対策のようにルール自体も変わり続けます。顧問弁護士と一緒に、揉める前に自社の「無意識」を点検しておくことをおすすめします。
※本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。法令・統計は厚生労働省・公正取引委員会・政府広報オンライン・e-Gov法令検索の公表資料(2026年9月時点)に基づきます。
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