「今月末の支払いが足りないかもしれない」──この状態になったとき、経営者の頭の中は「どう会社を良くするか」から「どう今月をしのぐか」に切り替わります。視野が一気に狭くなり、普段なら絶対に選ばない手段が、急に合理的に見えてくる。資金繰りの悪化が本当に怖いのは、お金が減ることそのものより、社長の判断力を鈍らせることなのです。
動画では、お金に焦った経営者が走りがちなNG行動を10個取り上げています。本記事ではそれらを「焦ったその場しのぎ」「独断で会社を動かす」「無断・隠蔽・先送り」の3グループに整理し、それぞれの法的リスクと、代わりに取るべき正しい対処を解説します。
グループ1:焦った「その場しのぎ」のNG(1〜4)
まず、目の前の支払いをしのごうとして、かえって致命傷を負うパターンです。
- ①銀行へのリスケ相談を、限界まで先延ばしにする:返済が苦しいのに黙って延滞すると、期限の利益を失って一括請求され、法的再建の選択肢がどんどん消えていきます。実は金融機関は、返済条件の変更(リスケジュール)の申込みの9割超に応じており、金融庁の公表データでは銀行の実行率は約95.7%。「相談したら融資を切られる」は思い込みで、黙って延滞する方がはるかに危険です
- ②前金欲しさに、納品できないと分かっている契約で受注する:自社のリソースでは期日に納品できないと分かっていながら着手金を受け取ると、単なる債務不履行では済みません。「だまし取る意思があった」と評価されれば、刑法246条の詐欺罪(10年以下の拘禁刑)。目先の入金と引き換えに、刑事事件を背負うことになります
- ③税金・社会保険料の滞納を「後回しでいい」と甘く見る:国税や社会保険料は、民間の借金と違って裁判所の判決なしで差押えができます。国税徴収法47条により、督促状の発送から10日を経過すれば差押えが可能。ある日突然、預金口座や売掛金を押さえられて事業が止まります。払えそうにないなら、滞納する前に納税の猶予・換価の猶予を税務署に相談してください
- ④焦って個人保証・高金利の借入れに手を出す:法律の定める上限金利は年20%(出資法)。それを超える貸し手は、どんな看板を掲げていてもヤミ金です。また、計画のないまま親族や第三者への個人保証の念書を差し入れると、会社が倒れた瞬間、その債務はまるごと個人に降りかかります。急場しのぎの一筆が、再起の道まで塞ぐのです
参考:金融庁「金融機関における貸付条件の変更等の状況について」/国税庁「納税に関する総合案内(納付が困難な方)」/出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(e-Gov法令検索)
グループ2:独断で会社の中身を動かすNG(5〜7)
次に、社長の一存で人・資産・数字を動かしてしまうパターンです。会社法や労働法の手続を飛ばした「独断」は、社長個人の責任に直結します。
- ⑤競業避止の契約もなしに、幹部の報酬だけカットする:不満を持った幹部が、顧客リストや営業秘密ごと独立する──再建中の会社の即死パターンです。営業秘密は不正競争防止法で守れますが、それも秘密としての管理や誓約書という事前の備えがあってこそ。報酬カットの前に、必ず秘密保持・競業避止の合意を整備してください
- ⑥取締役会の決議なしに、会社の重要資産を独断で売る:重要な財産の処分には取締役会の決議が必要で(会社法362条4項1号)、何が「重要」かは最高裁平成6年1月20日判決が判断基準を示しています。手続を飛ばすと取引の効力を争われるうえ、任務懈怠として会社への賠償責任(同法423条)、悪質なら第三者に対する個人責任(同法429条)まで問われます
- ⑦決算書を良く見せる「粉飾」で融資を受ける:粉飾決算での借入れは、銀行に対する詐欺罪になり得るほか、取締役の特別背任(会社法960条・10年以下の拘禁刑等)のリスクもある重大犯罪です。発覚すれば融資は一括返済を求められ、以後どの銀行からも借りられなくなります。数字が悪いなら悪いまま、再建計画とセットで正直に出す。これが唯一の正解です
参考:会社法(e-Gov法令検索)/不正競争防止法(e-Gov法令検索)/裁判所「最高裁平成6年1月20日第一小法廷判決」
グループ3:「無断・隠蔽・先送り」のNG(8〜10)
- ⑧取引先への支払いを、無断で遅らせる:黙って支払いを飛ばすと、履行遅滞として契約を解除され(民法541条)、仮差押えや強制執行に進まれれば身動きが取れなくなります。支払いを待ってもらうなら、必ず「支払猶予の合意書」を書面で交わすこと。誠実に頭を下げて書面を作りに来る会社は、意外と待ってもらえるものです
- ⑨財務状況を隠したまま、突然の整理解雇に踏み切る:経営難を理由とする解雇(整理解雇)には、人員削減の必要性・解雇回避の努力・人選の合理性・手続の相当性という4つの要件があります(東洋酸素事件・東京高裁昭和54年10月29日判決以来の確立した枠組み)。これを無視した解雇は無効となり、あとから未払い賃金(バックペイ)と慰謝料の支払いで、かえって高くつきます
- ⑩「なんとかなる」と、再建の専門手段を検討しない:時間だけが過ぎると、最後は破産しか残りません。借金を法的に圧縮して事業を残す民事再生、優良事業を譲渡して雇用と価値を残すM&A、公的機関である中小企業活性化協議会の支援──協議会への相談は2022年度に6,409件と過去最高で、駆け込むのは恥ではなく、もはや標準です。経営者保証も、ガイドラインに沿って整理すれば「華美でない自宅」を残せる可能性があります
参考:民法(e-Gov法令検索)/中小企業庁「2024年版 中小企業白書・小規模企業白書 概要」(PDF)
POINT:ピンチのときの合言葉は「独断・無断・隠蔽をしない」
動画で挙げた10個に共通するのは、焦って「独断・無断・隠蔽」に走っていることです。支払猶予・リスケ・報酬カットは、すべて書面の合意にする。解雇や重要資産の売却は、労働法・会社法の手続を必ず踏む。この線さえ守れば、合法的に会社を立て直す道は必ず残ります。
正しい対処は「焦る前に、合法的な順番で」
では、資金繰りが苦しくなったら何をすべきか。答えは地味ですが明確です。
- 13週間の資金繰り表を作り、資金ショートの3か月前には銀行へリスケ相談する:リスケの実行率は9割超。黙って延滞する前に、必ず相談です
- 経営改善計画書を作る:リスケには「立ち直る見込み」を示す計画が事実上必須です。国の「経営改善計画策定支援事業(405事業)」を使えば、専門家費用の3分の2(計画策定は上限200万円)を国が補助してくれます
- 支払猶予・リスケ・報酬カットは、すべて「書面の合意」にする:口約束と無断の支払遅延は最悪の一手です
- 解雇・重要資産の売却は、労働法・会社法の手続を必ず踏む:独断は、社長個人の賠償責任・刑事責任に直結します
- 「危ないかも」と感じた時点で弁護士・中小企業活性化協議会に相談する:民事再生もM&Aも、早く動くほど残せるものが多くなります
まとめ
- 資金繰りのピンチは違法行為への入口になる。前金目当ての受注は詐欺罪、粉飾は特別背任、税金滞納は判決なしの差押え──「今月をしのぐ」代わりに会社と社長個人の未来を差し出す行動
- 会社を動かすときは手続を踏む。報酬カットは競業避止の合意とセット、重要資産の売却は取締役会決議、整理解雇は4要件。「独断・無断・隠蔽」が一番高くつく
- 正しい対処は、13週間の資金繰り表→資金ショート3か月前のリスケ相談(実行率9割超)→書面の合意→弁護士・中小企業活性化協議会への早期相談。民事再生・M&Aは早いほど選択肢が残る
お金に焦ったときの「なんとかなる」は、たいてい「なんともならない」の始まりです。手元資金に不安を感じた段階が、実は一番選択肢の多いタイミング。その段階で動けるかどうかが、会社の運命を分けます。
※本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。情報は2026年8月時点のものです。
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