従業員同士のけんか、ハラスメント、業務中の事故──会社を経営していれば、「示談」という言葉が突然、自分ごとになる日が来るかもしれません。そのとき頭に浮かぶのは、「いくら払えばいいのか」「払えば許してもらえるのか」という2つの疑問ではないでしょうか。
結論から言うと、示談金に法律で決まった金額はありません。ただし実務上の相場観と正しい手順はあり、それを知らずに自己判断で動くと、不利な条件で合意してしまったり、お金を払ったのに紛争が終わらなかったりします。本記事では動画の内容をもとに、示談の法的な意味、成立までの流れ、ケース別の相場、そして会社も賠償責任を負い得る「使用者責任」まで、経営者が押さえるべき示談の知識を解説します。
そもそも「示談」とは──実体は民法上の「和解契約」
意外に思われるかもしれませんが、「示談」は法律に書いてある正式な用語ではありません。暴行やわいせつ行為など一方が違法な行為をしてしまったときに、謝罪と損害賠償について当事者同士の話し合いで事件やトラブルを解決すること。これを実務で「示談」と呼んでいます。
法的な性質は、民法上の「和解契約」の一種です。裁判所での「和解」が訴訟手続きの中で行われるのに対し、示談は裁判の外で行われる話し合い、というイメージです。特に刑事事件の場面でよく使われます。
示談が成立する流れは4段階
流れはシンプルです。
- 当事者間で示談交渉を行う(実務では弁護士を間に入れることが多い)
- 金額と条件を決める
- 示談書を作成する
- 双方が合意して解決
最大のポイントは③の示談書です。口頭の「もういいですよ」では、後から蒸し返されるのを防げません。「本件に関し、この示談書に定めるもののほかに債権債務がない」という清算条項。刑事事件であれば「加害者を宥恕する(許す)、処罰を求めない」といった宥恕(ゆうじょ)文言。これらを入れるかどうかで、示談書の意味はまったく変わります。
示談金の相場──ケース別の実務的な目安
示談金に明確な定価はなく、ケースバイケースです。そもそも被害者には示談に応じる義務がなく、金額だけでは解決しない場合もあります。そのうえで実務感覚の目安を挙げると、示談金は大きく「実際に発生した損害(治療費などの実費)」と「精神的苦痛に対する慰謝料」の2つで構成されることが多く、事案別にはおおむね次のイメージです。
- ケガのない暴行事件:10万〜50万円程度
- 傷害事件:治療費の実費+慰謝料で数十万〜100万円程度
- わいせつ事案:50万〜300万円程度
- 不同意性交等の事案:100万〜300万円程度(被害の程度や事情により500万円超も)
あくまで目安であり、被害の内容、後遺症の有無、被害者のお気持ち、加害者側の社会的立場によって大きく変動します。
会社で起きる示談──「あいつが勝手にやった」では済まない使用者責任
経営者向けに、会社で実際に起きがちなパターンで整理しましょう。従業員同士のけんか・暴行なら治療費+慰謝料で数十万〜100万円前後に収まることが多く、ハラスメント事案は行為の内容と期間次第で慰謝料が数十万〜数百万円まで幅が出ます。業務中の事故でお客様や第三者にケガをさせた場合は、治療費・休業損害・慰謝料の積み上げで、重傷なら数百万円以上になることも珍しくありません。
POINT:従業員の加害行為は、会社も賠償責任を負い得る(民法715条・使用者責任)
従業員が「事業の執行について」起こした加害行為には、民法715条の使用者責任により、会社も一緒に賠償義務を負い得ます。営業車で移動中の人身事故、会社の飲み会帰りの暴行事件──これらも「事業の執行について」とみなされ、会社が数百万〜数千万円の連帯責任を負う可能性があります。被害者側から見れば、個人より会社の口座から回収する方が確実だからです。
つまり示談金の話は、従業員個人の問題ではなく、会社のリスク管理の問題なのです。
示談の鉄則3カ条
第一に、「お金を払えば必ず許してもらえる」わけではないこと。被害者に示談へ応じる義務はありませんし、刑事事件では示談が成立しても起訴されることがあります。暴行・傷害や性犯罪などは「非親告罪」といって、被害者の告訴がなくても検察官が起訴できるからです(性犯罪は2017年の刑法改正で非親告罪になりました)。示談は不起訴や刑を軽くする方向に働く重要な事情ですが、保証ではありません。逆に、器物損壊罪や名誉毀損罪のような「親告罪」は、告訴が取り下げられれば起訴できなくなります。自分のケースがどちらにあたるのか、この違いは必ず知っておいてください。
第二に、示談書を必ず作ること。金額、支払方法、清算条項、口外禁止、刑事事件なら宥恕文言。この設計を誤ると、お金を払ったのに後から民事で追加請求される、といった事態が起こり得ます。
第三に、自己判断で被害者と直接交渉しないこと。感情的なやり取りはすべて証拠として残りますし、伝え方を間違えると脅しや口止めと受け取られるリスクすらあります。「刑事事件がらみ」「金額が大きい」「相手に弁護士がついた」──この3つのどれかに当てはまったら、必ずこちらも弁護士を入れてください。
参考:法務省「性犯罪関係の法改正等 Q&A」/刑法(e-Gov法令検索)
まとめ
- 示談は「お金で謝る手続き」ではなく、紛争を法的に終わらせる和解契約。金額の前に設計を間違えない
- 示談金は実費+慰謝料で構成され、相場は事案次第。ただし被害者に応じる義務はなく、非親告罪では示談しても起訴され得る
- 示談書なしで払わない。清算条項・宥恕文言まで整えて初めて「終わり」にできる
- 従業員の加害行為は使用者責任で会社も賠償し得る。刑事がらみ・高額・相手に弁護士の3条件は、即弁護士に相談
トラブルが起きてから慌てて相場を検索するのではなく、起きる前に相談できる体制を作っておく。顧問弁護士がいれば、示談の初動──「直接連絡していいのか」「いくらが妥当か」「示談書に何を書くか」──で判断を誤らずに済みます。それが結局、会社と相手の両方に対する誠実さだと思います。
※本記事は一般的な情報提供を目的として作成したものであり、個別の事案については弁護士等の専門家にご相談ください。情報は2026年8月時点のものです。
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